質問について

今日のTLから

ark B
3 min readDec 25, 2017

今日ちょうど部品さんが下記のような記事を引用していた。いつも通り雑なコンテンツ記事からの引用だと思うが、概要としては「あなたの質問の内容次第で周囲にバカと思われて評価が下がるから頭のよい質問をして周囲に頭をよく見せよう」みたいな内容だったと思う。

個人的に思うところがあって次のようにツイートで言及したが、せっかくなのでブログでもう少し蛇足的なコメントしておこうと思う。

(あらBのツイートより引用)頭の悪そうな質問も使い方によっては効果的で、全員が明確に状況把握してないのに雰囲気で話が進みそうなときとかわざとわからないふりして素朴な質問したり、場が固くて意見が出にくいときにわざとトンチンカンな質問したりして意見出やすくしたりと使い方次第なんだよ

頭の悪そうな質問をした方が良い理由

上記のようにコメントしたもっとも大きな理由としては「みんなもうちょっと周囲の目線とかバカにされるとか気にせず質問した方が良いんじゃないか」と思っているから。

わかっていない状況でさもわかったかのように振る舞うのも大人のスキルうちの一つだという意見はもちろん認めるが、それは個人の利益(体面を保つこと)にはなっても長い目で見たときの組織やチームの利益(情報の共有および整理)にはならないと思うので、やっぱり恥かいても質問した方が良いことも多い気がしている。

限度もある

ただし、手放しに頭の悪い質問ばかり認めていると俗にいう時間吸いとりニンゲン(みずとりゾウサン的なネーミングセンスを許しておくれ)になってしまう点で限度があるというのもその通りだ。

例えば大人数の会議でくだらないほぼ9割以上の参加者が理解しているような内容やめちゃくちゃ個人的な質問を延々としていたりする光景を見るが、終わってからやってほしいという気持ちになるのはその通りだと思う。

個人的には「頭の悪い質問は原則NGというのは最初の記事にあるように周囲にバカにされるからというより他人の時間を浪費する行為だから」という理由をより推したいと思う。

質問は技術なので訓練が必要

頭の悪い質問は原則NGだと思うが、何も質問しないよりかは無限倍も良いのではないかと思っていて、その理由としては、「質問は一つの立派な技術なので当然訓練しないと上手くならないし頭の悪い質問をして失敗するというのも一つの通過儀礼的な質問の訓練となりえるから」である。

また歳をとるごとに頭の悪い質問はしにくくなると思うが、ある種の心の若さのバロメータにもなるので、よくわからない分野でトンチンカンな質問をしてみたりはたまにはしてもいいんじゃないかと思う。(もちろん過剰には迷惑なのでNGだが)

もっと質問しよう

ざっくりまとめると「もっと体面を気にせず頭の悪い質問をする経験を持とう」ということ。周囲にいる友人や先輩で賢い人ほどそうしたスタンスを持っている気がするし、自分としてもそうありたいと常々思っている。

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Written by ark B

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